毛皮。
それは、
人類最初の衣料。
太古の昔、まだ文明が出来る以前より、人々を寒さから守ってきた。
文明の発展とともに、防寒もさることながら、装飾、とりわけファッションとしての要素を兼ね揃える素材として、一大産業が形成されている。
日本においては、まだ職業として「猟師」が成り立った時代、毛皮を売ることによる現金収入で生計をたてる猟師も多かったようです。
現代においては、狩猟で獲った獲物の毛皮で現金を得ることは、不可能ではないまでも、やる人はまずいないはず。
しかし、狩猟を始める人が、一度はチャレンジしてみたいのが「毛皮なめし」です。
先輩猟師諸兄に聞いても、大体の人は一度は挑戦していますね。
さて、今回は愛する我が子への贈り物として、丹精込めて毛皮なめしをしていたら、警察に通報されてしまった話です。
今年狩猟免許を取られて猟を始められる方の中には、毛皮なめしをやってみたい方も多くいることでしょう。
私の失敗談を参考にして、ご近所様から迷惑がられて、猟師の評判が下がることのないよう願いたいものです。
-----------------------------------------------------------
2015年2月。
サラリーマン猟師家に待望の第一子が誕生した。

男の子だ。将来は親子で狩りに行きたい。
そんな願いを込めて、「狩人」という名前を付けた。
・・・というのは冗談。
いや、私は真剣に狩人と書いて「かりと」なんて名前がいーなーとか思ったが、周囲から
キラキラネームだの
DQNネームだの猛烈に非難され、別の名前になりました。
子供の名前をどうしようか思案している、出産の一ヶ月ちょっと前。
妻がどこぞのWebサイトか「
たまご倶楽部」だかで感化されたのか、
『産まれてくる我が子に手作りのものを贈りたい』と言いだした。
ふむ。手作りか。産まれてくる我が子への愛の表現として、これはいいな。俺も何か作ろう!と思った矢先、箱罠で「
テン」が獲れた。

「テン」というと、狩猟をやる人以外では知っている人は少ないように思われる。
端的に説明すると、ペットとして親しまれている「
フェレット」と同じイタチ科で、見た目も似たようなもの。
とても可愛い見た目だが、己よりも体格の大きい動物を捕食することもあり、性格は非常に強暴だ。
この箱罠にかかったテンも、"
窮鼠猫を噛む"的状況ということもあり、鋭い牙をむき出しにして、ガオーッと威嚇をしてきた。
身体は小さいのに、凄まじい迫力だった。
さて、このテンだが、冬毛の美しい黄色は毛皮としての価値が高く、猟師の間では
「テンは二人で獲りに行くな」という謂れがあったほど。
テンの毛皮は高値で売れるので、一方がもう一方を殺しかねないという意味なのだそうな。
そして、私は思い付いた。
『テンの毛皮で"おくるみ"を手作りしよう!』毛皮のおくるみに包まれた赤子なんて、いかにも猟師の赤子という感じだし、高級品という扱いのテン毛皮でそれを手作りするなんて、我ながらいいアイディアだと思った。
そうと決まれば善は急げ。
毛皮なめしのやり方について、ネットで調べたり、猟友会の先輩から教わったりして、作業を進めた。

まずは、テンとはいえど、喰い供養せねばと、きっちり精肉した。
一匹から500グラムちょいしか肉が取れなかった。
肉食獣の肉は臭いと聞いていたけれど、特段臭いと感じることはなかった。まぁ食べればハッキリすることでしょう。

毛皮は、
ミョウバン液に1週間ほど漬けることで、防腐が施され、毛が抜け落ちないようになる。
ミョウバン液から取り出し、干す。干すと皮がガチガチに固まるので、これを揉んで伸ばしてとなめすわけだ。
このなめし作業、自宅内で行うには、妻に嫌がられるのはもちろんのこと、私自身も抵抗があった。
洗浄の際、毛づやを良くしようと、これでもかとばかりに妻の
トリートメントを擦り込んだのだが、獣本来の臭いと混ざった奇妙な臭いを漂わすようになってしまった。
加えて、毛も抜け落ちるだろうし、ダニはしぶとく生き残り、なめしの最中に刺されたという話を聞いていたからだ。
ということで、電柱の街灯がある、外の駐車場でやることにした。
街灯が必要なのは、毛皮なめし作業は仕事帰りの夜にやっていたからだ。
ハクビシンの時と違って、ただ毛皮をなめすだけだし、通報されることもあるまいとたかをくくっていた。
そしたら翌日の仕事中ですよ、妻から着信があったので折り返すと、自宅に警察が来て、昨晩通報が入ったので事情を伺いに来たという。
「主人から電話させますから」ということで、警察には帰ってもらったそうだが、突然自宅に警察が来て驚いた妻はカンカンに怒っていた。
やっちまったな。と思いつつも、ひとつの疑問が生じた。
あれ?通報が入った警察は、なぜうちだとわかったんだ??
まぁいい、とりあえずは警察に電話して、事情を説明しよう。そこで疑問は解けるはずだ。
警察に電話すると、担当者からは以下のことを言われる。
『昨日の夜に、「動物の内臓を取り出している男がいて、子供が内臓を見てしまったので、止めさせてほしい」という通報が入ってね。 まぁ場所から察して、サラリーマン猟師君だと思って、夜にパトカーで駈けつけるのも近隣迷惑になるので、今日自宅に行ったわけです。』 ファッ!?
内臓!?!?おかしいなぁ、仕事帰りの人が一人通っただけだぞ。 遠目から見られていたとして、暗がりでどう見間違えて内臓取り出してるなんて思ったのだろう?
警察には、毛皮なめしをしていたことを説明し、今後は気を付けるようにと軽く注意されただけで済んだ。
ハクビシンの一件以降、警察には銃の所持許可申請やらで頻繁に通っており、
"サイコ野郎には違いないが、犯罪をする奴ではない"と一応の信頼は得れているようだ。
コトは大事にならずに済んだが、またしても己の軽率さを悔いることとなってしまった。
通報した近隣の方にも不快な思いさせて申し訳ないし、こういうことで猟師全体のイメージダウンになったら、それこそ最悪だ。もっと責任感を持たないと。
私は、もう二度と警察の厄介になるようなことはしないと心に誓った。
そして1週間後。
自宅風呂場を使って、せっせとなめし作業を進め、無事に「毛皮」が出来上がった。

どうであろうか。 裏地は真っ白、毛づやも良く、いい感じに仕上がっている。
あとは、出産後に熊本の実家から母親が来ることになっており、裁縫・服飾が得意だった母に手ほどきを受けて、おくるみを完成させよう。

その後、約一ヶ月した後、無事に出産を終え、あきる野に移住してから、相次ぐ激戦を経て冷戦期と入っていたサラリーマン猟師夫妻に和平条約が結ばれる。
家族の誕生によって、長きにわたった戦争が終結を迎えたのだった。

それからさらに一週間後に、母がやってきた。
女手一つで男三兄弟を育てた母は、孫の誕生にあたって、"女"を切望しており、男と分かった時にはやや落胆していた。
それでも実際対面すると孫にデレデレであった。
そんな母に、可愛い我が子のために、テンの毛皮でおくるみを作りたいんだと、毛皮を見せつつ話を持ち出した。
すると、デレデレしていた母の顔が、瞬時に
般若の形相となった。
『バカんごつ! そぎゃんキ●ガイなこっばする親がどこんおるか! 』 ※熊本弁 ※訳 : バカじゃないの!そのような気が狂ったことをする親がどこにいるというの!ふぇ!?いきなり母はキレ出し、驚いた息子は泣きだし、妻はオロオロする事態に。
愛する我が子への贈り物は、己の親には理解されず、毛皮作りの目的をこの時初めて知った妻にも罵倒され、結局、おくるみ作りは実現できませんでした。
ごめんなテン。こんな理解のない妻と母で。
君の毛皮は、来期の狩猟シーズンで、座布団として使うから。
一緒に山へ行こう。
終わり。
- 関連記事
-